星野JAPANの「金メダル以外いらない」とも、岡田JAPANの「背水の覚悟」とも違うプレッシャーを背負って戦う覚悟を決めた。去年のことである。 しかし、表情に表れることはない。あくまでポーカーフェイス。 スコールのような雨の降る悪天候に見舞われた2008年晩夏。 叩きつける雨の中、淡々と、だが、指先には最大限の神経を集中させ、パスは放たれる。 「ピリオド10!」 マネージャーの掛け声がこだまする。 同時にグランドの景色がガラリと変わる。 5分刻みのピリオドに区切られた練習メニューは、時計の針に支配を委ねたかのごとく正確に進んでいく。 つい5分前まで、鮮やかに輝いていた新品のボールはほどなく、長い歴史を感じさせるような色に変化した。 少しばかり不規則な回転で、褐色のボールが雨の中を切り裂いていく。 もう限界。その状態になるまで、雨天用のゴムボールが使用されることはない。 それが、覚悟を決めた男の、変えることのできないこだわりでもある。 2007年12月1日。 鹿島DEERS・QB尾崎陽介は、大阪・長居球技場で繰り広げられる死闘に見入りながら苛立ちを隠せずにいた。 Xリーグ、FINAL6準決勝松下電工インパルス対オービックシーガルズは、オーバータイムの末、松下電工がサヨナラのFGを決めて29−26の勝利を収めた。そして、このハイレベルな戦いの主役であった、松下電工QB高田鉄男、オービックQB龍村学の2人を目の当たりにした尾崎は思った。 「俺の2ランクくらい上をいっているな」 苛立ちは素直にそう感じてしまう自分に向けられたものだった。 その約2週間前。 2007年11月19日。FINAL6、1回戦。 尾崎は、東京ドームのフィールド上で、もがいていた。 相手は、リーグ最終戦でシルバースターに大勝し、勢いに乗るオービックシーガルズ。 試合開始から、鹿島DEERSはライン戦でオービックを圧倒し、常に主導権を握りながら試合を優位に進めていた。ところが、4Q中盤に落とし穴があった。この試合、DEERSに唯一訪れたエアーポケットのような虚をつき、オービックに起死回生のキックオフリターンタッチダウンを決められたのだ。13−13同点。試合はオーバータイムへ突入し、先行のオービックに、タッチダウンで6点を奪われた。対するDEERSは、ゴール前まで攻め込みながらも、第4ダウンまで追い込まれ、尾崎の投じたパスは無常にも失敗。戦いの終焉を迎えた。 この試合における、尾崎の成績は、パス試投12回、成功3回。パス成功率25%。 試合後、尾崎は、数字自体も然ることながら、絶対に通さなくてはいけないパスを通せなかった自分に落胆した。 「チームを勝利に導けるQBこそ、最高のQB」 これは、尾崎がQBとして指揮(タクト)を振るい始めてからの変わらぬ哲学である。 たとえ、パス成功率が25%だったとしても、そのパスが全て得点に結びつき、チームを勝利に導けるのなら、それが即ちQBの仕事だと考え、実践してきた。 しかし、オービック戦では何一つとしてチームに貢献できなかった。 「パスだけじゃなく、トータルでチームを勝たせる自信はある」 試合前、手ごたえを感じていただけに、自らの低調なパフォーマンスと不甲斐なさになおさら激しい憤りを感じていた。 再び12月1日。大阪・長居球技場。 眼前で躍動する2人のQBに、言葉に表すことのできない敗北感を抱いた尾崎。 だが、この敗北感こそが、尾崎を再び戦いの舞台へと駆りたてる。 「俺は、この2人には勝てへんのかと思ったら、やっぱり悔しかった」と当時の心境を語り、さらに続ける。 「DEERSでスターターになってから3年間、チームを日本一に導くことができなかった。しかも、最後のシーガルズ戦があんな内容で終わってしまって、もう、正直あかんかなと思いました。でも、電工対シーガルズの高田と龍村のプレーを見て、自分がホンマに努力して、それでも彼らを超えられへんのかと考えた時に、もう一回努力してみよう。もう一回自分を信じてみようって思ったんですよね」 この時、尾崎は覚悟を決めた。過去の自分と決別する覚悟を。 幼少期から、やりたいことは何でも自分で見つけてきた。 自主性を重んじる尾崎家の家風において、自分のことは自分で決めるということは、ごく自然なことだった。 尾崎が自分で決めたことは、両親はいつも黙って受け入れてくれた。 小学生の時、周りの友人が通っていた塾に自分も通いたいと考えた時も、自分で資料を揃え両親に手渡した。 「成績は、ええ方やったんちゃうかな」 この後のエピソードがまた尾崎らしい。 「どこか行きたい中学があって塾に通っていたという訳じゃないので、公立の中学に行ってもよかったんです。ただ、それだと自分が勉強してきた成果を出す場がない。だから受験しようと思ったんです」 時は、バブル崩壊後。"お受験"という言葉が一般化される前の、このときに小学生が自ら私立中学への受験を決めるというのも珍しい話である。 結局、尾崎は自分のレベルに合った中学を自ら選び出し受験。見事、関西学院中等部に合格を果たす。 「合格発表は一人で見に行ったんですよ。親には来るなって言って(笑)」 どこまでも尾崎らしい話である。 関西学院中等部では、アメリカンフットボール部に自ら入部すると決めた。QBをやりたいと思ったのもまた然り。 以来、関西学院高等部、関西学院大学と一貫して、知性と創造性、勇気に溢れた伝統の関学オフェンスを率いてきた。 サンフランシスコ49ersのジョー・モンタナに憧れ、『16』番を背負ってきたというエピソードは、今までに幾度となく紹介されてきた話である。 だが、尾崎のQB像を決定的にしたのは、関西学院大学ファイターズの門戸を叩いてからのことだった。 「僕のQBとしてのスタイルを確立してくれたのは小野さんです」 ファイターズ入部と同時に訪れた、小野宏コーチ(現関西学院大学攻撃コーディネーター)との出会いは運命的だった。 「小野さんのプレーコールは全部分かってました。次にコールされるプレーも全て予想できるくらい意志疎通ができていたし、"信頼"してましたね」 "信頼"。 ファイターズの根源を成すこの"信頼"について、同じ関西学院大学出身のDEERS・WR植村直弘は、こう補足する。 「関学というチームは、勝負時がいつかを全員がわかっているんですよ。攻撃にも守備にもストーリーがあって、ここを決めたら勝てるっていうポイントがある。それを選手とコーチが共有できているのが強みだと思いますね」 さらに植村は「尾崎が、関学の時みたいなリズムでオフェンスを率いられたら、やっぱりいいオフェンスになると思いますよ。今年は、DEERSでそれを表現したいという意欲を感じますね」と加えた。 "信頼"。文字にすれば、たった二文字のこの言葉は、重なり合うことで、無限の可能性を秘めた大きな力へと変貌する。 "信頼"は"結束"を生み、結束は"結実"をもたらす。 そのことを誰よりも理解している尾崎だからこそ、DEERSのオフェンスを"信頼"で結ぶユニットにしたい。そのためには、自らも周りから信頼を得られる存在にならなければいけない。そう感じていた だが、それは同時に、大きな代償を払わなければいけないということも意味していた。 「大学の時に日本一になったこととか、今まで積み上げてきたものはすべて捨てようと思いました。社会人になってからずっと勝てなくて、うまくいかない時は、必ず過去の成功体験に基づいて、何をすればいいかを判断してきたんです。でも、今年はそれを一切捨ててしまおうと思っています」 尾崎の覚悟。 それは「過去との決別である」 「まっさらなところに今の自分の判断を委ねて、出した結論の方向に進んでいけばいいと思うんですよ。これまで築き上げた自分のスタイルに固執することなく、今年必死になってやる。その結果が僕の新しいスタイルになると思います」 尾崎は変わった。 まず、身体がひとまわり大きくなった。森清之ヘッドコーチも、朝倉全紀ストレングスコーチも「今年は順調にトレーニングが積めている」と今シーズンの尾崎を評価する。 体重は、3kgほど増えた。 WRとの関係も変えた。 春はWR陣に多くを要求しない尾崎が、今春は積極的にコミュニケーションを図った。 オフェンスにフルタイムコーチが加わったことも追い風になった。 伊藤吾朗攻撃コーディネ−ターとは、練習前後にミーティングを重ねた。 パスユニットを担当する矢澤正治コーチは、今まで自分が気付かなかった細かいミスを修正してくれた。 何かが動き出していた。 迎えた春の大一番。パールボウルでは優勝という結果を出した。 しかし、試合後の尾崎は「勝てたことだけが良かったです。個人としては、負けた試合と同じくらい反省点があります」と決して満足していなかった。 「でも、オフェンスのチームとしては、前半で逆転された時も焦ることはなかったし、3Qのリズムが悪かった時間帯も我慢して、雰囲気が落ちていくことはなかった。どんなことが起こってもブレないチームに近づいてきたんじゃないですかね」。 個人的には、反省しきりだったが、同時に信頼という言葉のもつ意味が、オフェンスチームにとって次第に大きくなってきているという感触を得ていた。 そして、最後にもう一度「個人的な収穫は、慢心したらあかんということが分かったことだけです」と残した。 「本音を言うと、ロングパスを投げたいんですよ。自分の持ち味は、やっぱり大きいパスを投げることだと思うし、その力もまだまだ衰えていないはずだから」 過去の自分との葛藤の中で、尾崎は、そう漏らしたこともあった。だが、その思いも自分の中で消化できるほど、尾崎は周りの力を信じられるようになった。 「昔は全部自分でなんとかしようと思ってたんですけど、今のDEERSには良いWRがいるので、そこに良い球を投げるということを一番に考えています」 仲間を信頼し、ベストな選択でオフェンスを率いる。そうやって自分は「チームを勝たせるQB」を表現すればいい。それが今の自分の役目なのだと思えるようになった。 秋のリーグ戦を目前に控え、尾崎自身にこの秋にかける思いを聞いた。 「今年はまずリーグ戦で全勝したいです。僕がスターターになってからDEERSは、全勝でリーグ戦を突破できていない。だから、リーグ戦は全勝にこだわりたい」 最後に勝っていればいいというタイプの尾崎からは、意外な答えだった。 しかし、それはたとえ負けたら終わりのFINAL6でなくとも「チームを勝利に導くQB」にこだわって戦いたいという、意志の表れとも言える。 そして、頂点へ登り詰めるために必要なことをこう語った。 「チームが一つになること。これに尽きると思います」 「オフェンスとディフェンスが互いに信頼しあう。隣にいる選手同士が信頼しあう。コーチと選手が信頼しあう。これが最も大事なことだと思います」ともう一度、確かめるように言った。 そして、最後に「森コーチの言う"今年は勝つと決めた"という言葉の持つ意味と同じだと思うんですけど、自分たちで勝ちに行くことが大事やと思います。DEERSは勝負どころだけ集中して、勝てるほど器用なチームじゃない。だから、最初から最後まで皆で一生懸命やって、我慢するところは皆で我慢したらええんやと思います」 仲間にメッセージを送るように、締め括った。 かつて、頂点を極めた男が、過去の栄光に別れを告げて戦うことを決めた。 もう一度這い上がるには、過去の栄光を振り払うしかないと自覚した。 単純なことだが、それほど覚悟のいることもない。 2008年。過去の自分というプレッシャーと常に戦い続けてきた男はその覚悟を決めた。 新たな戦いに挑むことを決めた。 「もう一度頂点に登り詰めたい」 男の想いが結実する瞬間を、そっと見届けたい。 (文:岩根 大輔) Profile 【おざき ようすけ】1980年6月7日生まれ 28歳 179cm 72kg 出身地:兵庫県 ポジション:QB 所属:関西学院中等部−関西学院高等部−関西学院大学−鹿島 詳細プロフィールは「Members」ページをご覧下さい。 |
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